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2009年4月

花一輪

お祝いごとのパーティーで、バラの花を一輪いただいて帰ってきた。濃いピンク色のベルベットのような花びらは、眺めるほどに美しさが増すようだ。

花が一輪あるだけで、部屋の表情は明るくなり、私の気持ちも癒される。花の存在力は、けっこう大きい。やはり、生花をいつも飾るようにしようとあら

ためて思った。忙しくても、あえて花を飾ることで、まずは気持ちに余裕が生まれてくる。
そんなことを考えていた翌日、知り合いが、最近、花を飾っているという話をしてきた。以前は、花を飾るなんて水を替えるのが面倒で、私には絶対できないと言っていた人なので、ちょっとびっくりした。

その彼女が「花を飾ると気持ちに余裕が持てて、いいかなぁと思って。」と言う。思いがけない彼女の言葉に、私まで、やさしい気持ちにさせられた。彼女の部屋に飾られた花の効果が、私にまで及んでくる。

花を愛で、私の心に余裕が生まれたら、余裕ある話を聞いた。ふと、友人の言葉を思い出す。

「自分の内側にないものは外側にもないよ。」

現実は映画のスクリーンのようなもので、心の中にある映写機が映し出している。現実を変えたいのなら、自分の中にある映写機のフィルムを入替えればいい。そう教えてくれた。

気持ちの持ち方は大切だけれど、なかなかコントロールが難しいときもある。そんなときは花の力を借りればいい。側にあるだけて、目にするだけで、気持ちにゆとりが出てくる。そうすれば、心は「現実」というスクリーンに豊かさを映し出すだろう。

たった一輪の花から、または、食卓に灯す一本のキャンドルから、あるいはささやかな微笑みから始めるよう。
Rie

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命の響き

定刻になると、音楽家の神津善之さんが壇上に上がった。2ヶ月に一度の「音楽教室」でのこと。

基本的には音楽の話をするが、神津さんの社会情勢についてのコメントや、本人から直接聞いたという裏話などもなかなか面白い。今日は、どんな話が聞けるのだろうかと期待を膨らませた皆の視線が、マイクを手にした神津さんに集まる。

「期待に膨らんだ皆さまのお顔を拝見して、僕は、今日はどうしたらいいのかと・・・。」

と始めた。何だろう、いつもの笑顔がない。

「今日、皆さまは、バスを聞きにいらしたのに。きっと、とっても楽しみにしていらしたのに、お聞かせできないかもしれない。」

その日は、最近、その才覚を現し国際コンクールでの優勝を続けているロシアのバス歌手の歌を聞く予定になっていた。この音楽教室で歌うために、神津さんのスタッフがロシアまで行き、来日をお願いしたという。この音楽教室は、毎回ゲストを招き、神津さんの解説と演奏会がセットになっている。

「先日、成田で貨物飛行機の事故がありましたね。テレビのニュースで見たときには、まさかその事故が自分にも影響するとは考えもしなかったのです。」と神津さん。

この事故のために、80便もの飛行機が欠航となり、その歌手が日本へ飛べなくなった。そのとき、メキシコにいたバス歌手は、日本の神津さんに連絡をとる。どうにか音楽教室の日に間に合わないか。結局、メキシコからパリへ飛び、パリから日本というルートで、音楽教室の前日、朝6時に成田に到着したという。関係者一同、ほっと胸をなでおろし、リハーサルも無事に終えた。

ところが、当日の朝、バス歌手の声が突然出なくなった。連絡を受けた神津さんは、奥様のメイコさんの手も借りて、喉に関しては日本一と言われるお医者さんに連絡をとる。神津さんは音楽教室の準備もあり、メイコさんが付き添って、歌手さんは病院へ。

診断の結果、喉がうっ血しているので声を出してはならない。もしその部分が破裂したら歌手としての将来がなくなるかもしれないという深刻なものだったと、スタッフからの報告を話す神津さん。原因は、長時間のフライトによる喉への負担。首にタオルを巻いて保護をしたけれど、乾燥した機内で26時間も過ごし、喉はすっかり参ってしまったらしい。それでも、応急処置として、喉に注射をしてもらったそうだ。その注射をしてから2時間後に、少しだけなら声を出していいと。

「現在36歳の彼の、バス歌手としてのたぐい稀なる才能に出会い、是非、みなさんにお聞かせしたくて来日を交渉しました。でも、今回、このようなことになってしまいました。僕が単に、コンサートの企画屋や金儲けが目的の主催者だったら、お客様のために、今日、彼に歌うことを要求します。けれど、音楽家として、彼の将来をつぶしたくない。音楽家として彼の未来を守りたい。音楽家として、彼の才能を摘み取ってしまうことはしたくない。どうか、皆さん、僕は音楽家の端くれなんです。 どうか・・・。」

ときおり手を胸に当て切々と語る神津さんに、会場から拍手がわき起こる。歌ってもらわなくても、私たちは十分満足していますという拍手。会場にいる全員の気持ちがひとつになったようだった。

さて、バス歌手がちょっとだけ声を出していい時間になり、登場した彼は180センチ以上はゆうにあるスリムで、やさしい面持ちの歌手だった。

神津さんが、彼に説明する。「今日のお客様に、あなたの喉のことを説明し、ご理解をいただいた。私たちは、あなたの歌手生命を危機にさらしたくない。今日は、歌わなくていいですから。」

通訳さんがバス歌手に伝える。彼がロシア語で何か話している。それをまた、通訳さんが日本語に訳す。思いがけない言葉に、会場はびっくり。

「それでは、今日のお客様は、いつ私の歌を聞けるんですか?今日という日は、今日しかない。」
「でも、僕は君の歌手としての未来をつぶしたくない。」と説得する神津さん。

「今日のお客さんとの出会いは、今日しかないんです。」

彼は、歌うつもりだ。神津さんの顔は蒼ざめている。

「本当に大丈夫ですか、喉は痛まないのですか?」

「喉は痛いです。でも、大丈夫。」

彼の熱意に神津さんは折れて、軽い曲を歌うことになった。病院に同行したスタッフが、くれぐれも声の出し初めに注意するようにと、お医者さんの言葉を彼に再確認する。

ピアノの伴奏が始まり、会場は静まり返る。真剣な表情で皆が彼を見つめる中、やわらかな声が響いてきた。「腫れ物を扱うような」気持ちで歌に耳を傾けた。結局、彼は短い曲を3曲ほど歌った。今日という日に、まさに命がけで歌ってくれた。

彼の歌を初めて聞いたとき、地響きがして「お腹を壊してしまいそうだった。」と神津さんは言っていた。今日の彼の歌は、どこまでもソフトでやさしかった。約300人の会場に、そっと静かに響いた。そんな彼の歌声を聞けたのは、私たちが最初で最後かもしれない。彼も、こんな声になったのは初めてだと言う。

私たちは、かけがえのない歌を聞かせてもらった。歌手生命が絶たれるかもしれないリスクを負いながら、今日の出会いに誠心誠意を尽くす姿勢を見せてもらったのだ。なんという貴重な体験だろう。彼の歌声は小さかったけれど、私たちの記憶の中にいつまでも響き続けるだろう。

1時間の演奏予定が10分間だけになったけれど、会場からは暖かな拍手があふれた。そして、彼を再度、日本に呼びましょうという未来への約束が交わされて、その日の教室は終わった。音楽を通して、人としてのあり方、誠意、思いやり、そして命の響きまで聞かせてもらった一日だった。

Rie

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