ご縁
「袖触れ合うも他生の縁」というのを「多少の縁」だと思っていたという話はよく聞くが、私も以前はそう勘違いしていた。 「他生」と「多少」では大違いだ。袖を触れ合うだけでも他生の縁なら、今回の人生で出会った人たちとは、かなりの縁があるということだ。ましてや毎日顔を合わせる人や、家族などとなれば、相当の縁があるということだろう。
社長とSさんのお能の舞台を見ながら、そんなことを思っていた。Sさんがお能のお稽古を始めて十数年。社長は、Sさんより数年後に稽古を始めたそうだ。今回は、Sさんの初のお能の舞台に、お二人で一緒立つことになった。今までも、毎年、謡や仕舞の舞台はされていたが、装束をつけての本格的な「お能」は初めて出そうだ、お二人とも上達振りを見込まれての大役だ。
演目は「橋弁慶」。Sさんが弁慶役で社長が牛若丸。その後の運命をともにすることになる運命的な出会いのお話だ。社長とSさんも牛若丸と弁慶にも似た縁があったから、一緒に舞台に立ったのだろう。
午前中から始まった会のトリを飾るSさん。能楽堂はほぼ満員だ。舞台左の幕の向こうから「幕」というSさんの声が聞こえたかと思うと、幕がスーッと上がってSさんは登場した。舞台中央までの数メートルの距離をゆっくりと進む。動きがゆっくりなぶん、全てにごまかしがきかないだろう。それでもSさんは会場の視線を一点に集め、遠い中世の世界へと私たちを誘ってくれた。
途中から登場した牛若丸の社長、舞台前方で、かなり長い間、ただ立っていた。ただ立っているというのは、舞うのと同じか、それ以上に難しいだろう。バレエも「ただ立つ」姿が一番難しいと聞いたがある。社長は、怖いもの知らずの純粋な少年のようにまっすぐに立ちつづける。そして私はいつしか、社長ではなく牛若丸を見つめている。
さて、二人の立ち回り。Sさんは自分の背丈より頭一つ分ほど長い薙刀を大胆に振りかざす。社長は、その薙刀を軽くかわして身軽に動く。Sさんの薙刀の扱いは慣れたもので、安定感と力強さがを感じる。薙刀が足元を狙うと、社長はポン!と飛び跳ねて身をかわす。最後には牛若丸の短刀に弁慶の薙刀は手から外れ、音を立てて床に落ちた。弁慶、完敗である。そうして、牛若丸と運命的な縁を結ぶ場面は、社長とSさんのご縁を重ね合わせて感じられるようだった。
牛若丸は、少年らしくかろやかに舞台を去った。一人残った弁慶の最後の舞。登場したときよりも落着きを増し、広い舞台の空気をすべて操っているようだった。40分ほどはあったであろう演目だが、もう終わってしまうのかと名残惜しい気持ちになる。そんな思いの中、お囃子は止み静まり返った舞台を、弁慶は悠々と衣擦れの音だけを響かせ去ってゆく。
私はSさんのお能を観ていたつもりが、知らないうちに弁慶の胸のうち想いを馳せている自分に気づく。
社長、Sさん、全くお見事でした。
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